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定期的に自己嫌悪

僕は破滅型の人間だと思う。
とにかく矛盾が多い。
人に好かれたいと思っているのに
人に好かれようとしたくない。
他人を許したいのに
どうしても許すことはできない。
いつも寂しいのに孤独を望んだりもする。
我が強くて思っている事
を相手に伝えたくて仕方がない。
とにかく我慢が出来ない。
自分で客観的に考えて
望みを叶えられそうな気がしない
それでも、どんな人生になっても
死ぬまで生きるしかないな。
仕事と旅と歌と孤独と向き合って生きる。
死ぬその日まで。
それでいいか。
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49歳ペンキ屋が今日思ったこと。

僕は日々、自分を分析してきた気がする。
二十歳ぐらいからかな。
なぜそうするか、自分をコントロールする為だと思う。
自我が目覚めた頃、
自分がやりたい事と自分の実際の行為が違った。
感情や欲望でコントロールできなくなる。
他者から聞いた話が本当だとすると、
僕はエネルギーの量が普通より多いらしい、
だから出し方を間違うと周りに迷惑をかける。
それがどうかは分からないが
僕もいろんな人に迷惑をかけた自覚があるので
少なくともやりたいこと以外でそれを爆発させない為の術を
身に付けようと思った。

まず自分の中にルールを決めた。
家族を大事にする。
友達を大事にする。
嘘はつかない。
約束を守る。
悪意を持たない。
一生懸命働く。

とにかく感情のコントロールが
特に怒りが僕はコントロールできない。
カーッとなると体がガクガク震えて
それを越すと何が何だか分からなくなる。
若い頃はそうだった。
今はそうはならない、
色々と工夫をした。
感情が暴れ出すとまず僕は手のひらを見る。
そして自問自答する。
様々なトラブルがあると、
その原因とそうした理由を考えた。
そうしながら、自分を分析しコントロールしようとしてきた。

今は自分は何が苦手で何が得意かはおぼろげに感じていて
どうすれば後悔しないか、それはわかっているつもりだ。
でもそれも信じてはいない。変わっていく。
ただ、自分の直感を信じる。余計な思惑を抱かない直感を。

49年生きてきて感じたことは
自分がしてきたことが結果となって帰ってくる。
それは認め検証し受け入れる。
でも後悔はしない。
ずっと本気で考えて選択してきた。
ずっとマイペースに前を向いて歩いてきた。
僕は後戻りはしないと決めている。
過ちはあっても取り返そうとは思わない。
それを認め受け入れ償いそこに置いて
ずっとこのペースでこれからも歩いていく。
自分のルールを守り、直感に任せて。
そしてどこにいくのかは自分には分からない。

情緒不安定

僕は情緒不安定、子供の頃からそうだった。
きっと心が弱いんだと思う。
不安になったり、自信を持ったり
強気になったり、弱気になったり。
よく自己嫌悪もする。

そしてとても感情的だ。
なるべく冷静にと思っていて
そう立ち振る舞っていても
度々コントロールが効かなくなる。
ただ痛みに鈍感な事はついてる気がする。

僕は酒飲みだが喜怒哀楽や
情緒不安定に
酒は関係ないと思う。
以前3ヶ月酒を飲まなかった事があるが
感情の起伏には関係なかった。

理屈っぽいと自分でも思っているが
ほとんど直感で判断している。
その後なぜそう思ったのか理由を探す。
何が許せなくてどうしたかったのか。

僕はまともでない事は自覚している。
僕がろくでもない人間に見えた人は
地が見えてるのだと思う。

最近は諦めた。
僕はこのまま生きる。
理想を演じたいがもう疲れた。
ただ自分に対してのルールだけは
感情に流されず守っていきたい。

音楽のある町

昨日は練馬区大泉学園にあるさいらくという居酒屋さんの
昼飲み音楽イベントに参加しました。
マイクやアンプを使わず完全生音でお酒と音を楽しむイベント。
生音の気軽さ、とても好き。そして楽しかった。

音楽のある町、それが僕の理想かも。
ミュージシャンもリスナーも音楽を共有できる
垣根のないコミュニケーション。
もちろんプロフェッショナルな音楽は別として
コミュニケーションとしての音楽の楽しみ方
そういうのが僕は好きなんだと思う。

最近は公園や街中でフリーミュージシャンが演奏できる
許可制の場所もありますよね。
そういうのもやってみたいけど、
飲食店や居酒屋、いろんな場所で
定期的にミュージックデーみたいな日があって
演奏できる、聞ける、そんな機会が多くなったら
やる側、聞く側の感覚もかわって
音楽がある町になっていくんじゃないだろうか。
子供も大人も男も女も入り混じって
音楽というずっとあった、でも馴染みは以外と薄い
そんな語源をみんなで共有するのが僕の理想なのかも。

劣等感

これは劣等感だと思う。
悔しさとは違う。

若い頃世話になった同業の先輩が
25年経って大きく成功している。
若い頃なら悔しさを感じたはずだ。
でもそうではなく
自分の力の無さを感じる。
きっと劣等感だ。

子供の頃、僕は劣等感を感じていた。
小学、中学の頃だろうか。
頭も悪い、運動もできない、力も弱い
そんな劣等感が僕をいじけさせ
更なる劣等感を生んだ。

家族を持ち守る事で自信を持ち
僕は開き直る事ができた。
その後の自分の方が好きだ。
もういじけたくない。
自分を肯定して自分の道を進もう。

人付き合い

僕は友達が少ない。
というか、そう思っているのは
生涯通しても数人だ。
一見社交的に見えるようだけど
全然違う。
おそらく友達という感覚が
普通と違うんだと思う。

僕はいい塩梅で
人と付き合うことができない
つい真剣に向き合ってしまう。
好意を持った人間とでないと
うまく付き合えない。
そうじゃないとすぐに色々な事が
めんどくさくなってしまう。
それが僕の一番ダメなところだと思う。

だから好意のない人には近づかない。
そして一度好意を持った人を
嫌いになることも数えるほどしかない。
十代の頃の数人。
それ以降は縁が無かったり
理解しあえず疎遠になっても
嫌いになった事はない。

好意を感じるその要素は
フィーリングや笑顔、目
佇まいのような気がする。
何を言っているかよりも
そこに生き様や美意識を感じる。

でも最近、
好きでも嫌いでもない人とも
友好的な関係を
作れる人間になりたいと思う。
それなのに、めんどくさいと
思ってしまう自分に矛盾を感じる。
それを超える忍耐力や
優しさ、思いやりが足りないのだと思う。
そういうものって、作るものではなく
きっとあるものだよな。
大切だと思う人以外にそれが持てない。
多くの人達に
本当の意味で優しさや思いやりを
持った人間に憧れる。

どちらかというと右

最近snsの投稿で
ウーマンラッシュアワーの村本さんが
熱心に政治的な話をしているのを知った。
ちょっと山本太郎さんと
イメージが被った。

僕は元々政治には興味が無かった。
自分や家族の幸せは自分が作るしか無いと
子供が小さいうちは思っていた。
でも子が大人になり離れ
自分の力で生きていく。

僕が死んだ後も子供達が生きる世界が
幸せであってほしいと思ったのが
政治に興味を持ったきっかけだ。
その強い衝動に駆られたのが
311の震災での原発事故。
原発をなくさなければ、
核のゴミを無くさなければ
日本の、世界の未来、
子や孫、ひ孫たちの世界が
危ないと思った。

だが多くの日本人は
現在の自分の世界が良くなることに
興味があり、それ以外はそれほどでも無い
もちろん僕も含めて。
頭では漠然と感じていても
目先の生活でいっぱいだ。

ただ僕は、
違憲の安保法と原発を肯定する政治家は
受け入れない。
僕の子孫の生活を脅かす物に見える。
安保法は法治国家である日本の政府が
堂々と法を無視する行為。
それを認めれば法で国民を守れない国に
なり兼ねない。
だからそれを主張したい。

経済の金勘定や防衛問題
政治家の大事な仕事だけど、
僕にはよくわからない。
賢い人が知恵を絞って。
民主的に決めてほしい。

僕はとにかく自分が出来ることで
何かを成したい。
金は無いが知恵は出せるかもしれない。
微力ではあるがやれる事もやりたい。
関わる人と支え合い、
目の前にある世界を
少しでも幸せな場所に変えたい。

率直にいうと
口ではいいこと言うけど
行動が伴ってない、そう言う人が多い。
僕にはそう言う人が嘘つきに見える。
そう言う人に何を言われても
説得力を感じない。

僕はまず言ってることを体現出来る
人間になりたい。

それと僕は日本に軍は必要だと思う。
そして集団自衛権は行使しない。
自国が責められた時だけ戦う。
それをする為にはアメリカの傘から
出なきゃいけない。
憲法9条を守るためには
軍が必要じゃ無いだろうか。
もちろん非武装にも反対じゃない。
でもそんな覚悟を
国民の過半数が持てるとは思えない。
現実的じゃないし
今のままじゃアメリカも認めないだろう。
力は持つが必要なければ使わない。
その立場が必要だと思う。

僕はもし日本に他国が攻めて来て
召集令状が来たら行く。
でもそれ以外では行きたくない。

これってうっすら右寄りという認識で
あってるのかな。

どうなりたいか

帳簿付けを終えて酒を飲みながら
ふと回想していたら
以前あった飲み屋のホステスさんを
思い出した。
詳しい話は聞かなかったが
「私なんか、
もうどうにでもなればいいんだよ」
と言っていた。

きっと今までの人生を振り返って
自己嫌悪があるんだと思った。
でもそう感じる人は
まだまだ未来のある人だと思った。

僕にも思い出したくない過去はある。
死にたいと思ったことはないが
誰も僕を知らない場所で
生き直してみたいと思ったことはある。
でも逃げたら
このわだかまりは超えられない。
そうも思った。

僕が他人を見るとき、
どういう生き方をしていたか
それがその人を見る
一つの基準であることは間違いない。

でも最近はその人が
これからどんな人間になりたいかの方が
興味がある。

チャーミング

今日、一人で酒を飲んでいて
ふと思ったのは、
男女問わずミュージシャンは
チャーミングな人が多い気がする。

でもよくよく考えるとチャーミングの
意味が僕はわかってない。
漠然とイメージで捉えてるだけ。
そこで検索してみると
魅力的という意味らしい。
なるほど確かに魅力的である事が
その意味に含まれているというのは
理解できる、でも何か
腑に落ちない所があった。

検索を続けていくと
プリティという言葉は
容姿に使われる事が多く
チャーミングはその振る舞いが
魅力的という時に使うらしい。
なんか腑に落ちた。
立ち振る舞い、生き方
そんなところに魅力を感じる人が
多い気がする。

思い出



腹違いの姉がこの写真を送ってくれた。
これは親父の前妻の家に
お世話になっていた時の写真。

僕は17で駆け落ち、所帯を持ち
24で塗装屋を独立。
22の時長男、24で双子の娘が出来、
その後元請けの倒産や
支払いの踏みたおし、
不本意な借金を背負うなど
金銭的なトラブルを経験。

そして妻との離婚、母の介護、
まぁ、いろんな経験をしました。
でも大人になってからの経験は
自分でどうにかしようもある。
たが子供時代の、この写真の頃は
大人達の都合に流され
なんの力もすべも無く
ただ霧の中を彷徨ってる感覚があった。

子供は、自分の子他人の子であっても
僕に出来る何かがあればしたい。
そう思うのはこの時期の経験が
あるからだと思う。

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Appendix

Kuni

Kuni

1969年生まれの蠍座O型。東京の片隅で細々と暮らしています。好きな物や事は音楽、バイク、草野球、ラーメン、酒。

仕事は建築塗装を
自営でやっています。
東京都練馬区 岡田塗装 ←リンク




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